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江波山気象館 メールマガジン
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2009年 2月号
メールマガジン版江波山気象館情報しおかぜ

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広島市江波山気象館から
気象に関するさまざまな情報をお届けします。
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3月3日のお話
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 まもなく、3月。「ひな祭り」と聞くと、いよいよ春が近づいたという感じですね。
 そこで、今回は「ひな祭り」の話題を取り上げます。

 皆さんは、「ひな祭り」を、「上巳(じょうし)の節句」と呼んでいたのをご存知でしょうか?
 語源は古代中国までさかのぼります。上巳とは、3月の最初の巳(み)の日のことを指します。そして、この上巳の日(後に3月3日に固定されます)に体の邪気を川で清め、水に流す「上巳節」という行事が行われていました。(ちなみに「節」というのは、唐の暦で決められた季節の変わり目のことをさします。そして、暦の上で奇数と奇数が重なる日には、邪気を払う行事が行われたそうです。)

 この「上巳節」が遣唐使により日本に伝わり、日本古来の風習と結びつき、草や紙で人の形を作った「ひとがた」に体の邪気を移し、川や海に流し災いを払う「流し雛」という行事が生まれました。
 さらに平安時代になるとお人形が現れ、宮中の女の子の間で「ひいな遊び」というお人形遊びが盛んになりました。そして「ひとがた」と「ひいな遊び」が自然に結びつき、ひな人形が誕生しました。

 江戸時代初期になると、京都御所において盛大な「雛の宴」が開かれ、その後幕府の大奥でも開かれるようになりました。
 さらに、3月3日を含む五節句(1月7日の「人日(じんじつ)」・3月3日の「上巳」・5月5日の「端午(たんご)」・7月7日の「七夕(しちせき)」・9月9日の「重陽(ちょうよう)」)が祝日となったこともきっかけになり、庶民や地方にも広がりました。

 そして、江戸の中期ごろには「ひな祭り」と呼ばれるようになり、女の赤ちゃんの誕生を祝う初節句の風習も生まれ、現在見られるような、ひな人形を飾ってお祝いする行事となりました。

 ちなみに「桃の節句」という言葉ですが、桃は中国では邪気を防ぎ不老長寿を与えると親しまれている事や、ちょうど桃の花が咲くころの節句であること、などが語源となっているようです。

 いかがですか? 元をたどれば「ひな祭り」は冬から春にかけての季節の変わり目に起きやすい体調の変化に注意を払い、人々の無病息災を祈る節目の日だったのです。

 皆さんも、「ひな祭り」で春の訪れを感じつつ、風邪などひかれないよう体調管理には十分ご注意くださいね。

 さて、最後に豆知識を一つ。
 ウメとモモとサクラの見分け方の目安を紹介します。まず、三種類とも基本の花びらの数は5枚です。(もちろん八重咲きもあります)そして、

 ウメ:花一つ一つが、それぞればらばらに枝につきます。
 モモ:2つの花がセットで枝につきます。その2つの花の間から葉が出てきます。
 サクラ:花と枝とをつなぐ部分(花柄(かへい)といいます)がとても長い。

といった特徴があります。機会がありましたら花に近づいて確かめてみると面白いと思いますよ。