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江波山気象館 メールマガジン
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2011年 6月号
メールマガジン版江波山気象館情報しおかぜ

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広島市江波山気象館から
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梅雨入り〜梅雨の語源は・・・〜
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 今年の広島(中国地方)の梅雨入りは早く、5月26日でした。これは昨年(6月13日)に比べ18日、平年(6月7日)よりも12日早く、気象庁が統計を取り始めた1951年以来、3番目に早い記録となりました。
 梅雨は、春から夏に移り変わるときに前線が、日本付近に停滞して起こる季節現象です。梅雨という言葉ですが、梅雨入り・梅雨明けなど「ツユ」と読む場合と、梅雨前線など「バイウ」と読む場合があります。梅雨の読み方の変遷を調べてみました。
 梅雨の語源には、色々な説があります。その一つ「梅雨(バイウ)」は中国で生まれた言葉で、長江(揚子江)流域で梅の実が熟する頃に降る雨ということから名づけられました。
 また、黴(カビ)が生えやすい時期の雨だからという意味で「黴雨(バイウ)」と呼んでいたものが、カビでは語感がよくないので、同じ読みで季節に合った「梅」の字を使い「梅雨(バイウ)」になったという説もあります。
 では、日本に「梅雨(バイウ)」という言葉が伝わったのはいつごろでしょうか?時代は、平安時代までさかのぼります。この時代の詩歌集[藤原公任(ふじわらのきんとう)撰「和漢朗詠集」(わかんろうえいしゅう)]に「梅雨」という言葉を読んだ詩の一節があります。すでに平安時代には、日本に伝わっていたようです。
 しかし、この時代は、梅雨のことを(さみだれ、さつきあめ)と呼ぶことが主流でした。「さ」とは5月のこと、「みだれ」は「水垂れる」の意味です。「5月に梅雨」「時期が少し早いのでは?」と思われたかもしれません。ここで言う5月は、旧暦の5月を表していて、現行歴の6月にあたります。同じような言葉の例を見ると「五月晴れ(さつきばれ)」は、本来は梅雨の晴れ間を伝えた言葉であったり、「五月闇
(さつきやみ)」は、梅雨空の暗さを表す言葉であったりします。
 その後、日本では「梅雨」の読み方が(バイウ)から(ツユ)に代わって行きました。でも、いつごろからでしょうか?江戸時代の「日本歳時記」の中に、「これを梅雨(ツユ)となづく」という記述があります。記述から、江戸時代あたりには、(バイウ)を(ツユ)と読んでいたようです。
 「梅雨(ツユ)」の言葉の由来には、様々な説があります。調べてみると、木の葉などに降りる「露(ツユ)」から連想したとする説や、梅の実が熟して潰れる時期だから「つぶれる」を意味する言葉から関連付けたとする説、さらには、食べ物や衣類に黴が生えたり腐ったりなど、駄目になりやすい時期だから、潰える(ついえる)、やつれ衰える、疲れるを意味する言葉の潰ゆ(ついゆ)が(ツユ)に変化したとする説など、やはり、この季節の自然や植物に関連した説が多いようです。
 植物にとって大切な雨をもたらす梅雨ですが、時には大雨による災害へとつながってしまう場合があります。最新の気象情報に注意をしつつ、これから梅雨明けまでの季節は、雨と上手につきあっていきたいですね。